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もくじ
◆親孝行のスズメと親不孝のコウモリ
◆マジューヌぬ火鉢
◇竹富島の夜明け(学校のはじまりのおはなし)
◆・・・テードゥンムニ(竹富島の方言)つき
本書は、これらの4つの章から成っています。
そして、最初のふたつ、「親孝行のスズメと親不幸のコウモリ」と「マジューヌぬ火鉢」のお話は、〈共通語〉と〈竹富島の言葉〉の、2つの言葉で記されています。
たとえば、「親孝行のスズメと親不幸のコウモリ」のお話しの始まりは、こんな風。
〜共通語〜 〜竹富島の言葉〜
むかし、むかし、 むかしむかし
大むかし、 かーぬむかしなー、
スズメとコウモリは ガァラトゥイナーとぅ コーブイや
きょうだいでした。 きょうだいでったとぅ。
ためしに竹富島の言葉で記された方を読んでみると、それだけで、楽しい気持ちになれるから不思議なもの。(それにしても、竹富島ではスズメとコウモリが兄弟だったとは!)
しかもこの本、挿絵は、島の子供たちが描いているのです。というわけで、上手いとか下手とかいう小さなことを飛び越えて、この絵がまた、なんだか楽しい気持ちにしてくれるのです。(ときには、スズメと思しき小鳥に足が6本あったりすることも!)
そして「マジューヌぬ火鉢」には、火鉢(ピーヤチ)、芭蕉の着物(バシャシン)、麻の着物(ブーシン)、ユタなどの、お話しに登場する用語の解説もついているのですが、この説明が、堅苦しくなくて、またステキなのです。
◇キセル
刻みタバコを吸うための道具です。昔は、現在のような一本一本のたばこよりも、葉っぱのみの刻みたばこが主流だったようです。農作業のとき、奉納芸能の観賞のときなど、どこへ行くにもキセルの入った巾着袋を持ち歩くおじいの姿は「粋」そのものだったといいます。
『マジューヌぬ火鉢』モノ・コト辞典からの抜粋
そうして、「竹富島の夜明け」と題する最後の章は、島の学校のお話し。竹富島に学校ができたのは、明治25年6月。まだ、島の人々に人頭税が課せられていた頃のこと。この学校を卒業して石垣島の学校へ行き、そうして竹富島出身者として初の、竹富島の学校の先生になった、松と、そして一年遅れでやはり先生になった保久利のことが記されています。
この本は、竹富島がとっても好きという方には、ぜひ手にとってもらいたい、心あたたまる一冊です。
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