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私がその花を沖縄ではじめて目にしたのは冬でした。この季節にこの島ではこんなにも生き生きと花が咲くんだ!カウンターパンチでした。屋根に絡まりながら好き放題に伸びる蔓。命を吹き出すように咲き誇る激しい色。油断をすると容赦なくチクリ指刺す鋭い棘。沖縄の人と話すと「名前?知らん…」とか、「そのへんにいっぱい咲いてるから別に感動もなにも…」という感じで、私の熱い思いは行き止まりになるのですが、それでもどうしてもひかれます。
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私にとって沖縄はブーゲンビリア、ブーゲンビリアは沖縄です。生命力に満ち溢れたそのまっすぐな美しさはせつなくなるほど胸に迫ります。ブーゲンビリアに囲まれて住みたいと思いました。毎日この花を眺めて暮らしたいと思いました。昨年、思い切って庭に5本の苗木を土に植えました。魔法を見ているかのようにみるみるうちに枝を伸ばし、やがてピンクとオレンジの花が真っ盛り。それを見上げているだけで沖縄に近づいた気がしてとても幸せなのでした。 |
また春が巡りました。今年はいつ頃花芽をつけるかな?と思っていた矢先、 突然一緒に暮らす母が体調を崩しました。なぜだか意味もなくいやな予感がして、私は無性に苛立ち、気持ちはただ漠然とした不安で占められました。暗い思いは増幅します。あんなに夢中だった沖縄のことも頭から消えてしまうほどに。
庭のブーゲンビリアは咲きませんでした。 陽射しも土も水も問題ないのに、花は一つとしてつかなかった。9月、まだ夏の余韻の残る頃。
青天の霹靂でした。母は緊急入院をし、手術を受けました。結果的にその時の判断は正しく、幸いにも大事には至らず早くに気付いて良かったということで、結局春から続いていた胸がわさわさとする感じはこれだったんだなぁ…と思いがけない決着に久々に安堵が広がった私でした。不安や心配の種が落ちていない人生なんてあるはずもないですが、ナンクルナイサという沖縄の言葉が持つ強さを今さら思います。
生活も落ち着き始めた11月。この秋一番の冷えこみだった朝、思わぬものが目に飛び込んできました。庭の一角のその木の緑葉の合間に、見落としてしまいそうな小さな小さなブーゲンビリアの蕾。
なぜ今頃!という驚きと同時に、強烈に思い知らされました。こんなにも気持ちが鏡のように反映するものだとは。花も私も共鳴しあって生きている!と。
沖縄に会いに行こうと思いました。沖縄の空の下で堂々と咲くあの花たちに。島から遠く離れて住む仲間たちも元気だよと伝えに。我が家の濃いピンクの「伊豆見ちゃん」も白い「宮古ちゃん」(とりあえず出身地で呼んでいる)も今年は冬まで咲くかもしれない。咲いてもいいと思う。咲いちゃえ私が守る!そんな気持ちが小さな蕾に伝わるような気がして寒空を見上げました。沖縄を思うとき、いつもそこにはこの花が鮮やかに笑っています。強く、美しく。きっと今日も、ずっと先も。
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