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この前、先輩から何の気なしに話しを聞いていたら私の中で、新たな物語が出来上がりました。それはタイトルどおり『琉球龍宮城伝説』。それはいうまでもなく、よく邪馬台国はうちの土地にあったという話題といっしょで、その昔琉球王国こそが、実は龍宮城と呼ばれていたというお話し。
それでは先輩は私にどんな話をしてくれたのか。実は中国語も達者な彼は仕事で中国の黄河沿い奥地を旅する中、なんと沖縄にある石敢当(魔よけ石)などを見つけてビックリしたという話し。さらに中国の奥地の文化が沖縄に意外に残っているというのです。そして、あの黄河を行き来していた人たちが最初に当時の琉球にやって来たのではないかと・・・。
それは日本が二百二十年間鎖国をしているころの話しで、それは琉球王国が中国と大交易を模索していた時代の話。
推察するに中国の黄河を行き来する奥地の民は海のような大河を渡るうちに航海術に近いものを身に付けていたのですが、けっして生活は豊かではなかったのでしょう。ある日お国から琉球まで船で渡ることに成功したら普段手にすることのできないような報奨金がもらえるとの約束で黄河を飛び出し大海原に繰り出していったのです。
当時ですからエンジンなどあるはずもなく、風を読み潮を読み、時には腕力を掛声と共に櫂に伝え、果敢に琉球を目指したのです。きっと多くの命が海の犠牲になったでしょう。しかし遂にその野望は報われ琉球にたどり着くことに成功したのです。
島に近づくにつれ彼らを乗せた船は、濃紺からエメラルドブルーそしてコバルトブルーへと変化していく海上を波を切って進んでいきます。そして生まれて一度も河の底など見たこともなかった彼らの前に、高い透明度を誇る海底を見せると、そこには数々の奇跡の色を放つサンゴ礁が映し出され、それに誘われるように海に飛び込めば、さらにさらに観たこともない極際色豊かな宝石のような魚たちが群れで戯れている姿を見た彼らはきっと声も出なかったことでしょう。
だけど、そんなものじゃありません。海の驚きを隠すことなく琉球に到着した彼らを待っていたのは、戦争ではけっして勝てないと知っていた琉球王国の究極の作戦、大歓待だったのです。毎日が大芸能大会の大宴会・・・。ほら、それで中国に戻りその話しをすれば龍宮城伝説の出来上がりでしょ。
ちなみにこの物語は先輩の話以外は全てフィクションですのであしからず。。
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