最近つくづく思うことがあるんだけど、沖縄にこれだけの人が住みに来るというのは、ただ沖縄が気候的にすごしやすいとか、沖縄の人が親しみやすいとかという単純理由だけじゃないような気がするわけ。
本当は知らず知らずのうちに沖縄が日本人の心の奥底にある鐘を鳴らしている・・・言い換えれば琴線に触れる・・・さらにわかりやすくいうとDNAの中に組み込まれているある部分がとても沖縄の何かに反応しているのではないかと思うほどであるわけさぁ。
じゃそれは何かということになるわけだけど、もしかしたら前も書いたかもしれないけれど、沖縄の中に島国日本の原点みたいなものが残っているんじゃないかなということなわけよ。
それは、別に自分の説でもなんでもなくて、昔から民俗学者の柳田邦男先生や民芸運動家の方々、まだ近い時代で言うと芸術家の岡本太郎氏とか多くの著名人が似たような説をしっかりと論文とか活字に残しているんだよねぇ。
でもその原点はというと、どうも自然宗教みたいねぇ。沖縄には今でも八百万の神がいて、あちらこちらにその神様を祭る御願所(ウガンジュ)があるんだけど、日本の大元の宗教は自然宗教でしょ。よく昔話にもたくさんの神様が出てくるでしょう。
じつは沖縄でも何万あるといわれている昔話に神様がよく出てくるんだけど、この神様が酒飲みだったり少しいい加減だったり、博打が好きだったり、もちろん素敵な神様もいるけどその中身を見ていると神様が神様じゃなくて、あまり人間とかわらないわけ。
その扱いは神様だけじゃなくて人も一緒で、今の日本だと人が死ぬと仏になって何か1ランク高いステージに昇った感じがするけど、沖縄では祖先崇拝だから確かにトートーメー(位牌)になって仏壇で奉るんだけど、行事になると、その扱いは本当に生きている人と同じなわけ。
だから沖縄には「ぐそーやあまだいぬしちゃ(あの世は軒先にある)」という諺があるぐらい、沖縄では庶民が普通にこの世であの世の人の話をするわけよ。
最近本土ではだいぶスピリチュアルが流行っているけど、沖縄は昔から今でもずっとスピリチュアルで、これも昔の日本がそうだった頃の島国日本の国民性の名残だったんじゃないかなあと思っているわけよ。
うちなー噺家 藤木勇人
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