以前、NHKで沖縄の琉球ガラスと岩手の鋳物を特集した番組で、沖縄側の
ゲストとして番組に出演したことがあったわけ。
皆さんも知ってのとおり鋳物といえば鉄瓶がその代表的なものさぁねぇ、
沖縄ではあまり目にすることはないんだけど鉄瓶は過去に何度か目にしたし、
手に取ったとこともあったわけ。
まずは鉄瓶表面のざらつきと、そして、あの重さから結構大胆にできた頑丈な生活用品という感じがするわけよねぇ。
ところがそれは、俺の大きな勘違いで実際番組の中で鉄瓶製作工程を見せてもらったんだけど、あの繊細さにはほんと驚いたわけよ。
砂で鋳型を作るんだけど、その鉄瓶の壁の厚さはわずか数ミリ。
まずそれを砂で形成していくんだからそれも大変な技術さ、さらにその鋳型の間に満遍なく解けた鉄を流し込む技、そして磨いてもいないと思った表面のざらざらは、実は熱伝導の効率を良くするために、あえて付けたものだということもわかったわけ。
だから鉄瓶は本当は繊細にできた道具だったということになるわけさねぇ。
かたや今度は琉球ガラス、作品はガラスだけにその光沢と透明感が繊細な作品のようにも見えるんだよねぇ。
歴史は戦後から始まって、回収してきた空き瓶をリサイクルして炉で溶かし、新たな商品に替えることで結構米兵とかにも人気あったみたいだけど、実は技術が甘くて作っている最中に不純物が入るとそれが気泡になってガラスの中に残りそれが原因で強度落ちるので、以前は気泡の入ったものはよい商品価値がなかったというわけさぁ。
ところが、ここに逆転の発想を持ち込み、どうせ気泡が入るならとことん気泡を入れてデザインにしてしまえと、稲嶺盛吉さんが生み出したのが今はもう押しも押されぬ沖縄を代表する泡ガラス工芸になっているわけよ。
またその発想が泡を作るために不純物を解けたガラスにわざと入れるんだけど、それがクルザーター(黒糖)の粉だったり、カレー粉だったり人間が食べても大丈夫な
ものを入れたりしてるというから結構おおらかでしょう。
しかし、そのとき思ったねぇ。繊細の先に大胆があり、大胆の先に繊細がある。
それはどちらが良い悪いじゃなくて、どちらも突き詰めればつながって
るんだな〜と・・・もしかしたらそれはいろんな世界で通用する定義みたいな
もんかもって・・・ちょっと格好付けすぎだったねぇ。
うちなー噺家 藤木勇人
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