4月の始めに、仕事の隙をこじ開け2年越しの西表の旅に出たわけよ。
前にもここのコラムで紹介したけど、前回の船浮きの旅は人生のなかでも深く記憶に残る旅だったからねぇ。
思わず多くの舞台でその話をしてしまったら、その舞台を見た東京でとてもお世話になっている寿司屋の親父さんが、
どうしても自分たちもその旅がしてみたいので案内してくれという話しになって、
結局そんなことでもないと自分も再船浮は叶わないような気がしたのでその申し入れを引き受けたわけさぁ。
この旅の大きな目標は、まずは船浮きのターザン池田米蔵さんに会うこと。
案内のお客は家族親戚総出で九名の大所帯だから、沖縄から案内してあげたかったけど、どうしてもスケジュールの都合で船浮での合流ということになったわけよ。
やはり自然が豊かな土地に向かうほどに思うとおりには行かないもので、
最終の上原港に着く船に乗りそしてバスで白浜港まで移動してやっとまた最終の船浮き行きの連絡船に
間に合うという手はずだったのに、ところが波が荒く上原港には入れないということで着いた港はなんと
大原港。
島一週道路がない西表島では、大原から白浜まではバスで軽く1時間は揺られる・・・ところがそのバスももうない、さあ〜どうすると思ったら目の前にタクシーが止まっていたわけ。
結局、島に4台しかないというタクシーに乗り船浮の最終連絡船に間に合わすために海岸沿いを
ほぼ島の3分の2ほど走らすと、流石に沖縄本島につづき2番目に大きな島、40分以上かかってメータも6000円余り上がり白浜に到着。
まさか西表でタクシーにそんな大金を出すとも思わなかったものだから、
タクシーの希少価値と悔しさが一緒になって思わずそのタクシーをカメラに収めたわけ。
その様子を船から見て降りてきたのが有限会社船浮海運の池田米蔵さん。
挨拶を交わすなり「なんでタクシーできたの?」というから「いや、そうじゃないと時間に間に合わないから」というと
「なんで、電話で呼べば迎えに来るのに」「・・・」と言われてもそんな時刻表は何処にもないし、そう言われると、もっと心の中ではタクシー代に対する悔しさは残るし・・・。
まだお客と合流もしないうちから既に珍道中が始まっていたわけ。船浮に移動後、
大都会から何もない陸の孤島に来てしまって、どうするわけでもなく私を待ち焦がれていた皆さんとご対面、
それでまだ部屋割りも決まっていないというからか、どうしようかと池田さんに尋ねると、今回のお客さんは皆さんだけだから全部の
部屋を好き勝手に自由に使ってよいという話になって、
都会にはない軽いジャブのようなカルチャーパンチを食らう東京陣だったわけ。
けっして天気はよくない、今回の八重山の旅この後どうなりますやら・・・次回に続く。
うちなー噺家 藤木勇人
|