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第31回竹富島の種子取祭

 長年の夢が叶い、ついに竹富島の種子取祭にいってきたわけよ。
 あまりにも観たいという思いを何年も持ち続けてきたので、島に入る前の日はワクワクで遠足に行く子供のように眠れなかったねぇ。前日からは入れればよかったけど、島に入ったのは飛行機と船を乗り継いで、お昼前だったよ。


 まずは、この祭りに「是非とも観においで」と以前から声を掛けてもらっていた2人に挨拶。一人は毎年この祭りに東京から足を運び、出演者の衣装の着付けなどをサポートして10年以上になる、与那国島出身の入澤さん。彼女は、東京でも八重山の芸能をこよなく愛し、東京に嫁いでからも何十年と沖縄の芸能を地道に広げる活動をしてきた方なのでその思いは筋金入りさぁ。そのオバちゃんと合流すると、忙しい合間をぬって二人で、この祭りに誘ってくれたもう一人の人に会いにいったわけ。それは誰かというと、この島でノロの司(島のノロのトップ)を勤める与那国光子さん。


 入澤さんに誘われるままに野外舞台の上手にある小さな丘の上のウタキと呼ばれる拝所目指して、ウタキの神様のための奉納芸能が展開される中、人を掻き分けて行くと、拝所の前で島のノロの司全員(4人)が、たくさんお供え物と一緒に神様の前で控えてたわけ。見れば手を合わすお客が入れ替わり立ち代りなのでその客たちと、願いが通るようにそのたびに一緒に与那国光子さんも手を合わせているわけ。それで自分たちも一緒にウタキで手を合わせて挨拶終了。

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 そして今度は誘われるままに、客席中央のいい席に陣取り奉納を見始めたんだけど、何が驚いたかって、延々片時の休みもなしに舞台の上で、踊り芝居と出てくるわけよ。後でわかったんだけど、朝日が上がらないうちから、奉納芸能の始まりの儀式があって、日が昇ると同時に庭の芸能が始まり、それが終わるとすぐに舞台に芸能が移って、それから夕方の6時半まで延々芸能が続くわけ。
  だけどそれで終わりじゃなくて、夜が更けると今度は、ユークイといって多くに家を回って、その家の今年の五穀豊穣無病息災を願う唄踊りと儀式が行われるわけよ。そして翌朝の五時にはその日の奉納芸能のスタートで丸々2日間芸能一色となるというからビックリでしょ。

 島中の人が総出で毎年行われるこの祭り、舞台進行をしていた、新田さんに「大変だねぇ」と声をかけたら、帰ってきた返事が「毎年命の保障はないよ」だからね。素晴らしい祭りに対するプライドだと思ったよ。それと、やるほうも大変だけど、この延々の芸能を見続けるのも大変なわけよ。それを舞台の横から見とどけている長老たちの姿を見ていると、なにか芸能の原点を見たような気がしたねぇ。そして、とても心地の良い祭りの洗礼を受けて、島を後にしたわけよ。

                                    うちなー噺家 藤木勇人

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美ら島物語藤木勇人の『うちなー島旅見聞録』
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