1992年11月、ツインオッターは就航する6路線と共にJTAのグループ会社・琉球エアーコミューター(RAC)に移管された。その後、南大東・北大東空港の拡張や新鋭機DHC−8(39人乗り)の導入により、4機あったツインオッターは徐々にリタイアしていった。離島の空は新しい空港、新しい飛行機へと次の時代に向って歩み始めたのである。


2002年1月23日、遂に最後の一機のツインオッターが沖縄の空から去る日が来た。
最終フライトを操縦するのは宮崎昌雄機長、吉野大和副操縦士だ。


宮崎機長は、総飛行時間1万1千時間を越える大ベテラン。自衛隊時代はF−4ファントムを操縦していたという。
「ツインオッターは速度は遅いが馬力があって、たとえ上昇中にエンジンが一つ止まってもお客様を乗せて飛んでいける信頼性の高い飛行機だ。ハイテク飛行機のパイロットは管理者のようなものだが、ツインオッターの操縦は常に手動で微調整を行わなければならない、こっちは職人みたいなものだね。」


宮崎機長は、翌1月24日に62歳の誕生日を迎えるため、この最終フライトの日をもって定年となる。空の職人もまたツインオッターと共に空を去ることになったのだ。


「不思議と寂しさはないよ。普段通りのフライトするのみだ。最後まで安全運航だけを考えてね....。」


そう言って淡々とフライトの準備を済ませ飛行機へと向った。
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