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美ら競馬

馬場の数は確認されているだけでも沖縄本島153(北部24、中部44、南部85)、本島周辺離島19、先島6(宮古3、石垣3)の計178(「沖縄県における馬場跡の調査報告」)。

沖縄学の祖、伊波普猷は馬場を意味するウチナーグチ(沖縄言葉)として、ンマウィー=馬場、カニク=兼久、マージ=真地、ヂョー=門、ンマナー=馬庭などを挙げている。

サラブレッドは庶民にはとても手が届かないほど高額だが、沖縄の競馬用のヌインマ(乗馬)も高嶺の花だった。

「(馬車で塩、石炭を運搬する仕事の)一日の収入は4円、馬(荷役用)の値段は最高で300円位でした。競馬用の馬になると2600円もした。
30坪の瓦葺住宅がその位で建てられた時代だから大変な値段だった」
との戦前の回顧録が西原町史に載っている。

競馬には馬券がつきもの。沖縄の競馬も賭け(チャンクルー)の対象になったのだろうか。

宮里さんは
「金を賭けたなんて話、聞いたことありませんよ。庶民同士のちょっとしたやりとりは金でなく物と物との交換でしたから。
まあ、酒ぐらい賭けたかもしれないが、金を賭けるなんて戦前の沖縄ではまずあり得ない」
と言う。

上間誌
普天間宮で行われた競馬優勝報告会
「上間誌」から

勝ち馬へのご褒美も賞金ではなく、賞品だった。競馬の規模によって、正月にしか口に出来なかった豚や、当時は貴重品だった酒、肥料、手拭い…。

だが、野菜やサトウキビを運んだり、キビ圧搾機の鉄車を挽く荷役用の馬はともかく、競走専用の馬を持てるほどの資産家(ウェーキー)にとって、目当ては賞金よりも名誉だった。

「乗馬は裕福な家庭が飼育したので勝負に勝つと親戚知友の人々が多勢集まって、酒肴をふるまい、家運の隆盛を祝ったものである」(那覇市史)。

競馬の必勝を期して、那覇・上間の馬主、二男真地家が普天間宮へ参拝に行った時の写真が同地の字誌に掲載されている。

競馬に勝つことは門中(父系一門)の誇りだった。

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(2011.01.31掲載)

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