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美ら競馬

北谷、嘉手納

美ら競馬の礎を築いたのは、三山(中山、北山、南山の沖縄本島三大勢力)が統一される以前、14世紀後半の中山王、察度だった。

当時の琉球は宗主国の明(中国)へ硫黄とともに馬を進貢(貢ぎ物として輸出)。
「牧」と呼ばれる琉球王府直営の牧場を本島中部に設け、明からの求めに応じて在位中(1349〜1395年)に1500頭以上の馬を浦添の牧港から明国へ送った。

正史・球陽(第一巻)には「(察度)三十七年(1385年)、貢馬一百二十疋硫黄一萬二千斤」(馬120頭、硫黄1万2000斤を明国に貢いだ)と記録されている。

宮古馬など沖縄産馬は小柄でも頑丈で従順。琉球石灰岩の土壌で代を重ねるうちに蹄が大理石のように強固になり、険阻な道でも蹄が傷むことはない。明国では乗馬、使役馬、軍馬として重宝がられたという。

察度路線を継承したのは三山を統一した尚巴志王(1372―1439年)。
「明実録」には 1415年の出来事として、「琉球中山王思紹世子尚巴志遣使宜是結制等、貢馬及方物」(中山王・思紹とその世子・尚巴志が進貢使の宜是結制=ぎしうっち=らを遣わし、馬と土産品を貢いだ)と書かれている。

さらに、優良な馬の増産を図るため各村落に馬場を設け、競馬を奨励した。以来、美ら競馬が幕を閉じる沖縄戦直前までの500年余、幾多の名馬伝説が生まれた。

野国・仲田青毛
自了作・野国青毛 「馬と語る 馬を語る」
那覇出版社 から

嘉手納町(旧・北谷村)の野国には青毛馬の伝説が残されている。ヒコーキが沖縄競馬を席捲した昭和初期からおよそ200〜300年前の琉球王朝時代。馬産地だった野国の牧場に火災が起こった。

ほとんどの牛馬が焼け死んだが、生まれたばかりの青毛馬が牧草をはむ厩(うまや)にだけは火が回らず、奇跡的に生き残った。
その青毛馬は近くの農家に引き取られ、荷役馬として育てられる。真喜屋という当代随一の馬術家と出合ったのは野菜を積んで野国から首里へ向かう道中だった。

平良村で休んでいた青毛馬の姿に非凡な才能を見いだした真喜屋は農家から譲り受け、乗馬として鍛え上げる。
やがて希代の優駿として名声をとどろかせ、薩摩藩に召し抱えられた。

だが、この青毛は名うての悍馬でもあった。薩摩の馬役人がどれだけなだめても暴れるだけで、その背にまたがることすらできない。
そこで真喜屋を呼び寄せたところ、喜び勇んで四肢を弾ませたという。

琉球に名手あり。真喜屋の評判はたちまち薩摩に広がったが、面目をつぶされた馬役人は腹の虫が収まらない。人知れず馬場に深い落とし穴を掘り、真喜屋に青毛馬を走らせるよう命じる。

たが、そんな策謀を事前に察知した真喜屋は落とし穴の手前でムチを入れ、掛け声とともに手綱を絞った。その途端、青毛は鳥のように跳躍し、死の罠を飛び越えたという。

以上が琉球王朝時代の宮廷画家・自了(1614〜1644年)が描いた野国名馬にまつわる伝説である。
野国青毛と真喜屋が運命的な出会いをした平良村とは、「ヨドリ与那嶺小のヒコーキ」が沖縄競馬の頂点に立った平良真地の所在地。
しかも、嘉手納町(旧・北谷村)の町史や、同町屋良で暮らした伊波剛氏の回想録にはこの地で活躍した名馬としてヒコーキの馬名も残されている。

鳥のように跳んだ王朝時代の名馬と飛行機のように跳んだ昭和初期の名馬。
因縁を感じずにはいられない。

野国青毛の故郷に蹄跡を残したヒコーキとは「ヨドリ与那嶺小のヒコーキ」だったのだろうか。
この地の競馬を記憶しているという野国出身の津嘉山正弘さん(84歳)から話を聞いた。

野里馬場
画象をクリックする拡大図が表示されます

「私が競馬を見たのは日中戦争の前でした。野国の隣にあった野里という馬場です。ただ、走っていた馬の名前や飼い主まではさすがに覚えていません。小学校2、3年生の頃でしたから」。

またしてもヒコーキの目撃談は得られなかった。それでも、津嘉山さんの口ぶりから昔日の光景が浮かび上がる。

「リュウキュウマツに囲まれた馬場でね、大人たちが夢中になっていました。出場できるのは小さな在来馬だけで、大型の雑種は出られませんでした。馬体には赤や黄の布をまとって、それは綺麗な姿でした」
と懐かしそうに目元を緩めた。

野里馬場は、7万7000坪もの広大な琉球王府の直轄牧場があった牧原(まきばる)にも近い中頭(中部地区)の競馬のメッカ。津嘉山さんは野里の競馬を
「原山勝負(畑の作物や山林の出来栄えを競う春秋の村行事)の余興として開かれていましたが、地区の代表馬が対戦して大変盛り上がったものです」と言う。

字野里誌にも「他村からも見物客がどっと押し寄せ…(中略)…人びとの熱狂が老松を揺るがした」と記されている。

嘉手納基地地図
画象をクリックする拡大図が表示されます

嘉手納米空軍基地を一望できる道の駅かでな。
「野里馬場はあそこです」。

案内してくれた嘉手納町教育委員会の宮平友介さんは4階のテラスから眼下に広がる滑走路を指さした。
野国青毛やヒコーキの蹄音のかわりに戦闘機の爆音がとどろいた。
戦後の米軍支配のなか、野里馬場は銃剣とブルドーザーで村落ごと嘉手納基地に接収されていたのだった。

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