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毎年沖縄に行くようになってから、もう8年が経ちました。しかし、今年の夏の西表での体験ほど、“ディープ”で、そして“神々しい”想いをしたことはありませんでした。
その日、我が家の4人は西表の干立集落の民宿に昼過ぎに到着。そこでおかみさんから豊年祭の二日目であることを知らされました。
子供たちは露天商での駄菓子に心を躍らせ大喜びでした。
そして夜、民宿での食事を終え、祭りが行われる集落中心部の“公民館”へ向かいました。そこで我が家を待っていたのは…
地元の方の民家に上げられ、そして
酒を飲め。
飯を食え。
しめ縄を編め。
そして、先祖を拝め。 |
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自分達で編んだ(へんてこな形のしめ縄!?)を頭に載せ、地元の方々との狂喜乱舞に近いカチャ―シーにその晩は酔いしれました。特に、おば〜達の踊りは、地元の神様が乗り移ったのではないかと思われるほど力強く、しかも妖艶で、幻想的な光景でした。この光景を目の当たりにした子供たちは、魂を奪われたように眺めているのみ。
露天商がないことへの不満も忘れていました。
次の朝、早く、息子(6歳)と私は散歩に出かけました。フクギ並木の集落の道端には昨晩の綱引きのしめ縄のかけらがそこここにちらがり、まだ、祭りの余韻を幾分感じられ、朝の凛とした空気と合い混じった、気持ちのいい朝でした。何一つ物音のしない静寂。
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手をつないでいた息子が、突然立ち止まり、「パパ、戻ろうよ!」と何かに怯える表情で言いました。
「どうして?」と声をかけると、「あそこ」と指を指します。その方角を見ると、鳥居があります。
「神社かな? 行ってみよう!」
「いやだ、あそこ、何かいる!」 |
息子は手を強く握り締めます。「何もいないよ」と言おうとした瞬間、一陣の風が私たち親子の頬を通り過ぎました。
今月、家内の父が急逝しました。それは突然のことで、ヨーロッパから出張を終えて帰国した当日でした。息子にとってはかけがえのないおじいちゃんで、数日間、息子は思い出したように泣き出す日々を送りました。
先日、サッカーからの帰り道、息子と私は手を繋ぎながら、亡くなったおじいちゃんの話をしていました。その時、二人の間を分け入るように突風が吹き込んできました。
「おじいちゃんは神様になったんだね」
私は、溢れる涙を拭くこともできず、ただ「そうだね」というのが精一杯でした。
家に帰ると、息子は家内に西表での出来事、そして今日の出来事を伝え、最後に
「また、みんなで沖縄に行きたいな。そしたら、おじいちゃんに会えるかもしれないよ」
と自分自身を納得させるかのように話しました。
私と家内にとっては、息子の一言こそ「ぬちぐすい」でした。 |

※イメージ写真です。 |
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