美ら島物語
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ぬちぐすい
やよいさんからのお便り
 

翌朝、目覚めるとお母さんの朝ごはんが待っていた。
沖縄の朝ごはん。ゴーヤもお味噌もおいしい。完食して、驚かれる。
9時前にお兄さんと近所の親子と港に向かった。同級生のにいさんがいて「はての浜」と言うところに行くのだとやっとわかる。ハテノハマ? どこだ?

船で行くと思い親子と乗り込もうとしたら、あなたはこっちと呼び戻された。
4人乗りのマリンジェットでいくという。一番前に乗せられて発進。
一瞬で顔に波を受ける。サイコー! 白い浜がずんずん近ずいてきた。

ハテノハマ…夢にしか出てこないような「美しい陸地」

帰りの高速船の時間までここに居ていいんだと思ったら駆け出していた。
ジェットのついた側と反対にいってみた。浅く青く光る海。
ぺたんと座って横たわってみた。耳に沁みるような波の音。目の高さで返す波。
言葉もないし、思考も無い。海と自分と太陽だけ。

時間まで、シュノーケリングやジェットで遊ぶ。海亀も見た。
おにいさんや、同級生のにいさんといろんな話をして時間はすぎた。
何年もかけて、お金もかけた美白も数時間で元に戻った。ま、いいや。

たくさんの美しい貝を拾って、ハテノから島へ戻った。
近くでシャワーを浴びて、妹さんのお店に向かい船着場まで送ってもらうということになっていた。お母さんの家に戻る時間はないという。

シャワーを浴びる民宿に、洗濯された着てきた服が届いていた。
私は下着まで洗濯してもらったことに恐縮しながら支度をし妹さんに送ってもらうことになった。

帰る前に、お母さんに電話したら、お別れのあいさつと「足が悪くて、何にも買いにいけないから」との言葉。
「?」と思って荷物を見ると、スパムの缶が5つ荷物の中に入っていた。
重いわけだ(笑)でも、気持ちが「くっ」となった。

思えば、私は日帰りの予定で渡嘉敷島に行く支度しかしていなくて、ここまでの歓待に何も返していないのだ。いや、返すものが何も無かったのだ。

帰りの高速船は、早いような遅いような。
那覇に帰って、宿泊先に戻ってベッドに横たわった瞬間に堰が切れた。
感情が暴走して大泣きした。どこまでも、どこまでも、涙が出た。
たった、1泊2日だったけど、会った人全員に親切にしてもらって、私は何のお返しもしないで帰ってきて、気持ちのバランスが取れなかったのだと思う。

しばらくして、泣き終わって、沖縄にきたら必ず行く定食屋に向かった。
そこのおばあさんに久米島のことを話して
「いっぱい良くしてもらったのに、何も返せないできた」
といったら
「次にあなたが、誰かにしてやればいい」
といわれた。

タクシーの運転手さんにも
「沖縄の人は気にしてないさぁ、次に誰かに返せばいい」
といわれた。

そうしようと心に刻んで札幌に帰った。
いつでも心に久米の風景がある、

そうして、久米島は私の「ニライ・カナイ」になった。

 

 

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