初の宮古島へ旅行しました。
出発前にレンタカーを予約、「新車はありますか?」と聞くと
「古いよ〜気にする事ないさ。何でも大丈夫よ。」と言われました。
ん〜リゾートで新型に乗るのが夢だったのに…
しかし宮古島へ行って「何でも大丈夫よ。」の意味がわかったのです。
1日目の晩、近所のレストランでは地元の人たちのオトーリが始まっていました。
豊かな笑い声に宮古島の言葉がとても心地よく、隣にいた私達まで幸せになりました。
東京から来たことを伝えてると「私の名前を言えば無料で観光船に乗れるから。」と名前を箸袋に書いてくださいました。
(2000円×4人が無料?見ず知らずの私達に?
酔っ払っていたしなぁ)
結局、観光船には乗りに行きませんでした。
その後、出会う人出会う人に海底の美しさを見て欲しかったと聞きました。
「宮古島の自慢さ、どうして乗らなかったの?本当に乗せてくれたよ。海亀も見れるのよ。」と。
おみやげ屋さんでは
「宮古島言葉を勉強できる本はないですか?」と聞くと、
「そんなもんないよ。ここに座りなさい、私が教えてあげる
から。」
ここでまた私は
(きっとセールスかな?)と心ないことを思ってしまいました。
美ら島の“ぬちぐすい”を読み、よく考えました。
宮古島の皆様本当にごめんなさい、
そして社交辞令と解釈してしまった自分の心の狭さをとても恥ずかしく思いました。
東京へ帰ってきて日が経つに連れて、優しい気持ちと純粋で大きな心を持った沖縄の人、宮古島の人たちがうらやましく思いました。
「宮古島に来てよかった。生きいてよかった。」と全てに感謝させられる自然の力を感じました。
車古くても大丈夫。
大切なのは宮古島で持て成してくれた、たくさんのぬちぐすいに感謝すること。今、生きていることに感謝すること。
たんでぃが〜 たんでぃ!宮古島の神様!
|