美ら島物語
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  鳩間島は周囲3.8km、人口50人余りの小さな島。 可奈子さんはそこで、日常生活の中にある民謡を学んだ。 そして中学3年生の卒業3日前、テレビの収録で鳩間島を訪れていた知名定男さんと出逢う。
  「知らないうちにとんとん拍子で話が進んでCD出しちゃった、って感じ?って聞く人が多いけど、ちがう。なんかね、自然に。自然な道に進んでいっただけ。」
  高校1年の誕生日、1999年1月31日に『千鳥』でデビュー。多くのイベントに参加したり、レコーディングをしたり・・・、高校時代はあっという間に過ぎていき、今年1月31日、高校3年の誕生日には1stアルバム『ヨーンの道』をリリース。
  「自分のCDだ、とは思わない。このアルバムに参加してくれたメンバーのみんなと、私との共同作品。すごくうれしいよぉー。かっこいいよぉー(笑)」
 
このアルバムの中には八重山民謡をポップにアレンジした曲や知名定男さんの書き下ろし、『老人と海』のカバーなど様々なジャンルの曲が収録されているが、その中でも7曲目の『月桃の花』は可奈子さんのお父さん、隆志さんの作詞作曲によるもの。8曲目の『親子清しゃ』は作詞を隆志さん、作曲を知名定男さんが担当した。
可奈子さんは4月から大学進学のため上京する。4年間は石垣島や鳩間島との距離もグンと遠くなってしまう。
「中学校卒業して石垣に戻ってきてからも月に1回は鳩間に充電に行ってたよ。小さい島だから自分の庭みたい。いつ来ても時間が止まってる。その鳩間になかなか行けなくなると思うと・・・。家族と離れるのもやっぱり寂しいなぁ。でもまあ、にぃにぃと暮らすし、休みになれば帰って来れるから」


  そんなことを話しているうちに、横のステージで民謡ショーをやっているお父さんからお声が掛かり、可奈子ちゃんもステージへ。「風邪でのどが痛いのにぃ…」と言いながらもその気持の良い唄声を披露。

 

可奈子さんの唄と三線、お父さんの太鼓で『鳩間の港』。鳩間島の港で唄う、見送りの唄だ。堂々と、本当にいい顔をして、お客さん一人一人の顔を見ながら唄う姿には18歳とは思えない貫禄があり、また若々しさもある。
  「今後はどうするか?ってよく聞かれるけど、本当に分からない。楽しければいいし。唄はもちろん続けるよ。今までもレコーディングとかあるとそのつど知名さんのいる沖縄(本島)に行ってたし、変わらない。ただ旅費は高くなるけどね(笑)。大学ではいろいろな人やものに出逢って、とにかく楽しみたいなぁ。史学科だから民謡の歴史なんかも勉強できればなぁと思ってる」
  きっとまた来る 来年も。 来年も、と言わず今まで通り月1回帰ってしまうのではないだろうか。 これからも自然体で、自然にまかせてゆったりと。 可奈子さんの唄は、はじまったばかりだ。
 
(※)知名定男
1945年生まれ。父は琉球民謡界に多大な功績を残した、故・知名定繁。登川誠仁 に師事し、12歳の時『スーキカンナー』でデビュー。民謡が衰退した79年、島唄にレ ゲエをミックスさせた『バイバイ沖縄』が大ヒット。現在はプロデュースなどの裏方 的仕事に勢力を注ぎ、ネーネーズや鳩間可奈子のプロデューサーとして知られる。イ ンディーズレーベル、ディグレコーズ代表。
   




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