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そんなことを話しているうちに、横のステージで民謡ショーをやっているお父さんからお声が掛かり、可奈子ちゃんもステージへ。「風邪でのどが痛いのにぃ…」と言いながらもその気持の良い唄声を披露。
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可奈子さんの唄と三線、お父さんの太鼓で『鳩間の港』。鳩間島の港で唄う、見送りの唄だ。堂々と、本当にいい顔をして、お客さん一人一人の顔を見ながら唄う姿には18歳とは思えない貫禄があり、また若々しさもある。 |
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「今後はどうするか?ってよく聞かれるけど、本当に分からない。楽しければいいし。唄はもちろん続けるよ。今までもレコーディングとかあるとそのつど知名さんのいる沖縄(本島)に行ってたし、変わらない。ただ旅費は高くなるけどね(笑)。大学ではいろいろな人やものに出逢って、とにかく楽しみたいなぁ。史学科だから民謡の歴史なんかも勉強できればなぁと思ってる」 |
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きっとまた来る 来年も。 来年も、と言わず今まで通り月1回帰ってしまうのではないだろうか。 これからも自然体で、自然にまかせてゆったりと。
可奈子さんの唄は、はじまったばかりだ。 |
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(※)知名定男
1945年生まれ。父は琉球民謡界に多大な功績を残した、故・知名定繁。登川誠仁 に師事し、12歳の時『スーキカンナー』でデビュー。民謡が衰退した79年、島唄にレ
ゲエをミックスさせた『バイバイ沖縄』が大ヒット。現在はプロデュースなどの裏方 的仕事に勢力を注ぎ、ネーネーズや鳩間可奈子のプロデューサーとして知られる。イ
ンディーズレーベル、ディグレコーズ代表。 |
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