大学を卒業後、小浜島に帰島。学生時代から舞台活動をし、芸術の道を歩き始めていた彼が、あえて人口500人あまりの小さな島に戻ることを選んだのにはどんな理由があったのだろうか?
「東京でしてきた活動を続けるってことが『島を出てやる』とイコールされることが疑問だったんですよ。
昔の人たちは農業をしながら芸能を生み出していた。それが源になって八重山は芸能の島と呼ばれ、実際に誇れる文化が今も残っている。なのに、今の時代は『島の外に出る』ことがその道に繋がっている。 キビ刈り(サトウキビを刈る作業。機械を使わず手作業で行われます)は本当に辛い。親父が畑をやっていて子供の頃は、いつも手伝わされて、大嫌いな作業だった。
だけどキビ刈りを精神文化として向かい合った時に、芸術家や作品をつくるクリエイティブな人には、土と格闘することが圧倒的に必要なのだという結論が自分自身の中に生まれたんです。
島の人が感じている痛みや喜びを感じながら詩や舞台を創っていきたいと思ったら、必然的に僕が住む場所は島であり、自分も農作業をすることだった」
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