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| インタビューにも登場、イギリスから石垣に民謡を学びにきたマットさん待望のコラム、英語と日本語バージョン同時にスタートです! |
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※日本語の文章もマットさんが書いてくれたものです。ほぼ修正なしに掲載しています。
八重山は昔から「歌の島」として知られてきた場所です。
人口およそ5万人というのに、それにしては比較的に多くの演奏者を育ててきた地域です。私がはじめて八重山の音楽を耳にしたのは本土に住んでいた時のことでした。山里勇吉、大工哲弘、安里勇などのCDを聞いたのが始まりでした。
どうして現代の日本のなかで、八重山はこんなに伝統芸能が豊かに残っているのか、ということを知りたくて、今年の7月に八重山にやってきました。
八重山は、携帯電話やインターネットの現代文化を持ちながら、昔から伝わってきた農業基本の生活もごく最近まで続いていて、その生活のなかの年中行事は今日も活発に行われている。その年中行事の中心になっているのは、やはり八重山の歌です。
竹富島の西海岸のトモドイ浜には、10歳の子供の大きさの石が立っている。「ニーラン石」として知られている。伝説によると、ニーラン神達が乗ってきた船のとも綱をこの石に結び付けて上陸したと言われる。毎年旧暦の8月8日に竹富の司達はこの石の前に集まって、あの世から豊年を持ってくる神々を迎える。
今年は前の夜が雨だったけど、朝の6時半には空が晴れてきて、波座間村から海岸の道の上でカラスが飛んでいた。白い衣装を着た司はバスで来て、海に向って石の前で並んで座った。
最初は聞こえないぐらいの唱え言で声をだし、何時の間にか銅鑼と太鼓の音が入って「とぅんちゃーま」というメロディーが始まった。私は録音で何回かそのメロディーを聞いたことがあったけど、その早朝の風景と、司のお婆さんたちが手で神々を迎えるイメージと、その素朴で美しいメロディーが一つになって、本当に印象的だった。
行事がすんだら、司たちは神々を連れて、クツクバ御嶽、それから竹富の村を「とぅんちゃーま」を歌いながらまわった。各場所で「さーさーさー」という囃子とともに、ガ−リ〔八重山のカチヤ−シー)も踊った。
この行事の中心になっている唄「とぅんちゃーま」は竹富出身のミュージシャン、ヒデカツがアレンジして録音されたこともある。1994年のアルバム「神秘なる夜明け」の最後の曲です。現代風にアレンジされているけど、その歌の美しさと、竹富島の風景は、はっきり伝わってくると思う。是非聞いてみてください。 |
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