美ら島物語
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マングローブは、陸地で他の木々との生存競争に負け、追いやられて、環境の厳しい海水と淡水の混じりあう河口域に逃げてきた、という説があるという。
そっか、みんな逃げてきたんだ。それが本当の話だとしたら、なんか納得がいくなぁ。相手を蹴落とす競争社会でもまれて、傷ついてここに来たのなら。心に傷を持っていると、やさしくなれる気がする。だからこの子たち、こんなにやさしいのかも知れないな。

マングローブの林は、普通の林と感じが明らかに違う。なんか、まぁーるい。丸い感じがする。「あはは、安田さん真っ黒じゃないですか。まあ、ちょっとつまんでください」
そう笑って、関さんが黒砂糖とさんぴん茶(内地でいうジャスミンティー)を差し出してくれた。ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。冷たい液体が身体に染み渡ってゆくのがわかる。ふぅー。

「関さんも、思います?マングローブたちは、逃げてここに来たんだって」
「うーん…。そうなんじゃないですか?私も東京から逃げてきたようなもんでしたからね、最初は」
「へっ?関さんて、東京の人ですか?」
「フフ。3年前まで、某コンピュータ会社でサラリーマンしてたんですよ。自分は釣りが好きでね。西表に惚れ込んで、思い切って引っ越して来ちゃったんですよ」
「ちょっと座って。ジーッとしていてください。静かに、地面をよーく見ていてくださいね」
そう言って、彼はいたずらっぽく笑った。私は、この大のオトナを“西表のトム・ソーヤ”と命名した。言われるがままに腰をおろしながら、私は、母親のお腹の中に在った時のことを考えていた。お母さんの羊水にやわらかく包まれて、やさしい、あたたかい、お腹の中。怖いものなど、何も無かった。平穏な、安らかな場所。愛情を一身にそそがれて、外に産まれ出る瞬間を心待ちしていた。懐かしさが、ジーンと広がってくる。西表の泥は、そんなことを思い出させる。


………シ―――ン。待つこと、30秒。
カサッ。、カサ、カサカサ、カサカサカサッ!!!
うーわぁー、なんだ?なんだ?泥の中から小さい生き物が何十匹と湧いて出てきた!
みんな、その異様な光景に、ちょっと引く。思わず後ずさり。
すると関さんが、ダダダーッと走って行く。おおっ!?なんと、1匹手で捕まえるではないかっ。その瞬間、驚いた彼らは、一斉に泥の中へ姿を消した。一瞬の出来事。

関さんが、獲物を片手に(片指に、か?)、意気揚々と鼻をふくらまして帰って来る。うわー、たくましい!お嫁さんにして!…と思ったら、なんのことはない、小さなカニだった。

「これはヒメシオマネキといいます。干潟一面に小さなモグラがトンネルを掘ったような跡があるでしょう?潮が引くと地表に出てきて集団でエサを食べるんです。ほら安田さん、手出して。持ってみてください」
「ヒッ!」
「え?動物怖いんですか、その顔で?」
……ど、どーゆー意味かしらっ!?そーよ、どーせあたしゃ「安田って、ワオキツネザルにそっくりだよね(マダガスカルに生息する、横っ飛びで跳ねながら移動する、落ち着きのない猿。)」とか言われるけど、なにさ、そー言われると、ついムキになってしまうのが、あたしなのだ。ウキッ。
「持てますよぉ、ヤダなぁ、あははっ。よっ、お、お?」
カニはオレンジ色のハサミをブンブン振り回して、指の中でジタバタしている。あは、カワイイ。目がビヨーンと飛び出て、角みたいになっているのもおかしい。

「でも、片方のハサミだけ大きいのね?不思議だぁ」
「歩かせてみてください。ハサミの振り方が、潮を招いているように見えるでしょ?だからシオマネキって名前がついたんです。この行動には、他のカニとの闘争説と、雌を呼ぶ求愛説があります」
放すとあっという間に泥の中に潜ってしまった。根っこが出ちゃってるマングローブたちも変だけど、小さなカニですら、いちいち変だ。いちいちカワイイ。なんて愉快な島なんだ。
ついに憧れのマングローブと対面した美香。この後編は明日につづく…



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