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学校の守り神、大樹デイゴ
そうみんなに話すと、「そうだ、きっとそうだよ」と言ってくれる。フフフ、と不敵な笑みをうかべながらさらに歩いていくと、学校の校舎が見えてきた。ちょっとお邪魔して校庭に入ってみる。そのとたん、グワ――――ッと懐かしさがこみ上げてきた。学校だ。土の校庭だぁ。校舎は新しくきれいで意外だったけれど、やはり学校には独特の雰囲気がある。
校庭の片隅に、真っ赤な花をつけたデイゴの樹がそびえ立っている。大きい。この学校の守り神だ。惹き寄せられるようにしてデイゴの下に立ち、見上げてみる。首が痛くなるほど立派だ。足元には花びらが散り、真っ赤なジュウタンのよう。
「――故郷の風景は旧の通りである、然し自分は最早以前の少年ではない、自分はただ幾分かの年を増したばかりでなく、幸か不幸か、人生の問題に悩まされ、生死の問題に深入りし、等しく自然に対しても以前の心には全く趣を変へて居たのである。言ひ難き暗愁は暫時も自分を安めない。(中略)
闇にも歓びあり、光にも悲あり、麦藁帽の庇を傾けて、彼方の丘、此方の林を望めば、まじまじと照る日に輝いて眩ゆきばかりの景色。自分は思はず泣いた。」
私は、こんな一節を思い出していた。
国木田独歩だったか、何だったか忘れてしまったが、少年時代喪失の悲哀のついて描かれた小説だったと思う。大人になってから母校に行くと「あれ?こんなに小さかったかな?」と感じる。そしてそれは自分の方が大きくなったのだ、ということに気が付く。
歳もとるはずだなぁ、などと切なくなるものだけれど、ここの卒業生はこの大樹を前に悲哀を感ずるだろうか。
何もかも包み込んでくれるような大樹。現代版「二十四の瞳」の映画を撮るなら、間違いなくココだろう。
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