美ら島物語
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「シーン………………」
あぁぁ。ガックリ、だ。雲が多くて、全然見えないー。うぅー。 でも、夕日は見えなくても、こじんまりとしたイイ感じのビーチだ。浮島が点在し、波もおだやか。のどかでホッとする。シュノーケリングしたり、リーフ内をカヌーで周ったりもできるらしい。

砂は、わぁー、本当に全部星の砂だよ。よく見ると、砂の1粒1粒が、いちいちコンペイトウのような形をしている。すごいな。星の砂なんて、小さな瓶にチマチマと少量入ったキーホルダーのお土産でしか見たことがなかったもの。
ブラブラとお散歩していたら、砂浜に「あいしてる」の文字を発見。この浜を訪れたカップルが書き残していったのだろうか。なんだか、思わずジ〜ンとしまう。コレなのよ、コレッ!!こーゆーのがイイのよ!あまりのうらやましさに、「〜」と「ん」の文字を書き足して「あい〜んしてる(by志村けん)」に変えてきてやった。


その先に、なんと“星の砂巨大ウンコ”を発見
誰っ!?こんなの作ったのはっ?もー、おもしろいからいいけどさ。…というワケで、私のロマンスはことごとく打ち破られてしまった。

夕日が見える気配もないので早々に引き上げ宿に向かうと、なんと!奇跡だー!途中で雲が切れてほんのり茜色の空が見えてきたっ!慌てて、海岸沿いに向かう。

道を適当に曲がって、着いたのは「星立」の浜だった。
星立は歴史ある地区で、少なくとも300年前から農作物の収穫を感謝し、来年の豊作を祈願する伝統行事「節祭(シチ)」が行われている。ここで海を見ながら世乞い(ユークイ)が行われる。

「星立」は、もともとは「干立」という表記だったが、大正10年頃、西表島にマラリヤが蔓延した時に村が干上がってしまわないようにと星に願いを託して、村人たちが「星立」に変更したという説が残っている。 浜では、地元の漁師さんが夕日を見ながら1杯やっていた。
「ねーちゃんも、ほれ、飲みな」
そう言って、オリオンビールを1缶投げてくれた。ありがとう、うみんちゅ(海人)さん。
浜は静まり返っていた。聴こえてくるのは、波の音だけ。波打ち際に打ち寄せられたサンゴの破片が、「カラカラー、コロコロー」と、かん高い、乾いた音を聴かせてくれる。波が打ち寄せるたびに、カラカラカラカラー、コロコロコロコロー」と転がるような、丸い音を上げている。聴いていると、なんだかとてもやさしい気分になる。自分の心の中にも波が押し寄せてきて、カラカラ、コロコロと汚いものが削ぎ落とされていくようだ。

「はぁ…………」
何もいらない。夕暮れの海を見ているだけで、本当に何もいらないやー、と思う。
こんなキレイな時間 があるのに、東京にいると夕日を見ようともしない。私は、東京にいると夕暮れの時間帯が苦手だ。とても寂しくなるからだ。なぜか、猛烈に「どこかに帰りたい」と思う。でも、それがどこだかわからない。都内ののワンルームマンションではなく、実家でもなく、昔付き合っていた男の家でもないことは、わかる。どこか。一体私は、どこに帰りたいのだろう?
そう思って、寂しくなってしまうのだが、自然の中で見る夕日は違う。むしろ、大好きなのだ。全然寂しくなんかならないから、不思議なのだ。 浜辺に置いてあるサバニ(沖縄の伝統的な漁船)に腰掛けてみる。

心の中に、波が入ってくる。海は、スゴイ。人間は、自分の体内に他の生き物を住まわせることはできない。自分だけしかいない。けれど海は、たくさんの他者を受け入れ、育み、包み込んで生きている。大きい。私も、今もこうして海に育まれている。いくつになっても、私にとって海は母なのだ。海の前では、私は子どもだ。海の前では、人はみな子どもに帰るのだな…そんなことを考えていたら、いつしか家族の顔が浮かんできた。お母さんにも見せてあげたいな、この夕日、とボンヤリ思っていた。

 
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