今年の大会はそれまでの新栄公園から真栄里公園へ場所を変更して開催する予定でしたが、残念ながら雨のため市民会館大ホールでの開催となりました。
開演前から続々と来場者は増え始めます。観光客の人もちらほらいますが、家族連れや近所のお友達と一緒に、など、ほとんどは地元の方々。自分の親戚や地元の出場者の応援もありますが、八重山での秋の楽しみの一つとして、定着しているのかもしれません。
大会が始まる頃には席は満杯、入り口付近には立ち見の人が出るほどの盛況ぶりです。
しかし、この会場の観客たちは、もちろんただ聞いているだけではありません。
「うまい!」と思えば自然と拍手も大きくなり、指笛が鳴る。彼らは聞いているだけでなく、自分たちの耳でしっかり出場者のとぅばらーまを審査しているのです
開会の石垣市長のあいさつは、
「とぅばらーま・・・?????????」
と、私には、まったくわかりませんでした。
というのも、すべて八重山の言葉でのあいさつだったからです。
でも、もちろん問題なし。会場がザワザワすることもありません。これは地元の人のイベント、そこで八重山の言葉を使うのは当然のこと、そしてとぅばらーまをこれからも八重山の大切な財産として受け継いでいこうという思いの表れだったように思います。
さて、とぅばらーま大会は、歌詞部門と歌唱部門がありますが、歌詞部門はすでに審査は終了し、この日は歌唱部門の審査が行われます。
半月前に予備審査を通過して、この日のために日々努力を重ねてきた23名の出場者が自分の思い思いにとぅばらーまを2節歌います。
歌唱部門の出場者の年齢は幅広く、最高齢は60代、そして最年少は16歳。
唄のうまさなど、私には到底分からない奥深い世界ですが、たとえば、60代の人のとぅばらーまはとても味わい深く、10代の方の歌うとぅばらーまは、はちきれんばかりの伸びやかな力強さや若々しさを感じられるもの。
そして、歌詞の意味はおろか、聞き取ることもままならない状態の私でも、聞いていると何とも言えずじんわりしたものが心に沸いてきます。
それはまるで遠赤外線のよう。歌の中に込められた見えない思いが伝わるからなのでしょうか。声には心にだけ感じられる温度があるようです。
一人一人の方の旋律は同じはずなのに、23人どの方の唄も、すべてその方オリジナルのとぅばらーまとなって私の耳には聞こえてきました。
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