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西港に残る燐鉱石の貯蔵庫跡。壁に見られる二本のトンネルはトロッコ用のもので、燐鉱石の採掘現場から港までの運搬用として使用されていました。今もところどころで当時のレールが残っています。
燐鉱石採掘事業は1976年まで続けられていました。
八丈島出身の豪商・玉置半右衛門が、それまでだれも成功したことがなかった大東諸島開拓事業に乗りだし、1900年に南大東島への上陸。それから3年後に北大東へ上陸しました。
南大東ではさとうきび作が中心だったのに対し、北大東島では燐(りん)鉱石採掘事業が主に行われました。
燐鉱石は第一次世界大戦により価格が暴騰。良質な北大東島の燐鉱石は、肥料や火薬の元になる原料の他、戦闘機などを作るアルミニウムの原料に適していたことから、採掘事業は拡大を続け、最盛期には出稼ぎ者で島の人口が4000人まで膨らんだそうです。(現在の人口・約530人ほど)
出稼ぎ者は、沖縄本島、伊是名、宮古、八重山諸島、そして台湾からも労働者が北大東へ渡り、監視付の厳しい労働環境の中での作業だったそうで
す。
戦後は米軍に接収され、大型機械化が導入されましたが、従来の手掘りとは異なり、土や石も一緒に搬入してしまうため品質が落ち、積み出し禁止に。1976年には事業終了となりました。
1964年には土地所有権問題が解決し、糖業が本格化。燐鉱の島からサトウキビの島へと転換していきました。
場所 西港からすぐ
入場料 なし




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