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「こんにちはー。いらっしゃい」
ついに楽園の花嫁、砂川智子さんにご対面!
「今、橋を渡ってきたでしょ? あれは1995年にできたんです。私が島にヤマト嫁として嫁いできた時には、まだ橋がなくて。船で行き来していたんですけど、やっぱり船って大変なんですよ。時間もお金もかかるし。2人の子どもが熱を出しているのに台風で船が出ず、恨めしく対岸の宮古島を見つめたこともありました」 |
「カマノヤーヤ、ツヌ、ストゥモティガミ、アカスヌツキュタススガ、マーンティガミヤ(あそこの家は、昨日明け方まで電気がついていたけど、いったい何をしていたのかなぁ)」とすぐ言われるように、島では行動が周りにツツ抜けなの。小さな島ですから。最初は“島ルール”に慣れるまで時間がかかりました。生活習慣も言葉も、全く内地(本土のこと)とは違う」
話を聞くうちに、なんと砂川さんと私は同じ大学の卒業生であることが判明! うれしくなって、思い切って聞いてみる。
「島に嫁ぐということは、並大抵の決心ではできませんよね?
何が砂川さんをそこまで引き寄せたんですか?」
「うーん、少女の頃から憧れつづけた海と空と島の風景があったことかな。
12歳の時、父に連れられて宮古島を初めて見たんです。
その光景が忘れられなくて。大学生になるとカメラ片手に、
沖縄中を撮影旅行しまくっていました。
そんな中、ニイニイ(本来は“お兄さん”の意味だが、
砂川さんは旦那さんをニイニイと呼んでいるという)と出会って。
嫁いでから今までやってこれたのは、島の人たちの心の美しさが
あったからかな。ホームシックになった私に、オバァたちが道で
会うたびに「寂しくないか?」と声をかけてくれた。
「寂しい」と本音を言うと、
「そうさ、寂しいはずさぁ! ツンダラサ(かわいそうに)、
あんたはいっぱい子どもを産んだらいいよ。
そうしたら寂しくなくなるし、ヤマトのお父さんなんかにも、
2、3人子どもをあげればいいサァ」とみんなが言ってくれて。
ヤマトでは忘れられた労りと励ましあいの心が、
この島には生きているんです」
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