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金細工(かんぜーく) またよし
又吉さんの工房は、民家が密集するL字型の小道の角にあった。犬に吠えられながら門を入ると、ほっぺたが桃色のおじいさんが迎え出てくれた。彼が又吉健次郎さん。
小さな玄関を上がると、そこが彼と仲間の工房。自分が作りだそうとする物への気が、程よくこもりそうな空間。又吉さんが板の間の床、おそらく彼のいつもの場所と思われる所へ座った。彼の手が届く範囲には雑然と、けれども心地よい秩序を持って道具が並んでいる。汗と土にまみれた農業者の使い込まれた鍬の柄がそうであるように、人が足を踏み下ろし続けた旧家の階段がそうであるように、又吉さんが手にとった道具のこげ茶色の木肌は、てらてらと光っていた。
彼の前に切り株がある。これが又吉さんの作業台。先代であるお父さまから引き継いだ道具のひとつ。金細工の金は金物の意味。彼はこの上で、銀を打つ。
又吉さんは7代目。廃藩置県が行われるまでは、首里城の守礼門の前に店はあったそうだ。第2次世界大戦後は、歯ブラシの柄をダイヤモンドカットにして、銀の台座に埋め込んだ指輪を米兵相手に売っていたこともあると言う。
ジーファー。それは、沖縄の女性が結い上げた髪に刺す一本のかんざしのこと。片方の先端がスプーンよりぐっと深くえぐれた形をしていて、そこからしっかりとした竿がすっと伸びている。無駄を省いた形の銀を打って作られたこのかんざしは、女性の姿をかたどっているのだと又吉さんは言う。スプーンの部分は、女性の頭にあたる。
女性たちが24時間身につけていたそのジーファーは、その人自身。
「女性が女性を模した簪をさすのですね」とその意味を問うと、又吉さんはふっと顔をあげて「分身なのかも」と言った。
火事が起きたとき、燃え盛る火の中へ泣きながら自分の髪に刺していたジーファーを投げ入れたら、炎がおさまったも伝わっているそうだ。
指輪、かんざし。その昔、沖縄の女性にとってその肌につける貴金属は見栄でも虚栄でもなく、静かに、そして強く自分のうちに込めている思いの証なのではないだろうかと思う。銀でなく、そのかんざしが木で作られたものであろうと、持ち手がそこに託すものに変わりはない。職人が形を作り、生活の空間へと生み出した物を送んだとき、それを手にした人の思いの中で物は手垢にまみれていく。
又吉さんの工房から生れる金細工は、そういうものなのだと思った。
最後に健次郎さんのお父さまが残した琉歌を…。
ふうち吹うち火ばな
ちら顔に吹ちとばち
わざ芸ぬ奥ふさや
道やあぐで 誠
※ふうち=ふいご(金属の熱処理や精錬に用いる送風機のこと)
※道やあぐて=たずねあぐる
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