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龍潭及びその周辺は15世紀はじめ(尚巴志王代)に上下の民が自由に遊覧できる場所として造られた公園。
大池は竜頭形に掘られ、池の周囲416m、面積は8400平方メートル。
まわりには東南の円鑑池(えんかんち)との間に龍淵橋(りゅうえんきょう)がかかり、ハンタン山の緑をへだてて首里城がそびえる。
池水は王城内の龍樋(りゅうひ)からあふれた水がハンタン山を流れて円鑑池を満たし、さらに龍潭へと注いでいた。
澄んだ池にはコイなどの魚が泳ぎまわりそのため龍潭は「イユグムイ」(魚小堀)とも呼ばれ、色とりどりの花が咲き誇り、湖水鑑賞船が行き交う琉球隋一の名勝だったという。
昔、冊封使滞在中の重陽(ちょうよう)の日(旧暦9月9日)にはこの池で竜舟宴(りゅうしゅうえん)が張られた。
第二次大戦で池のまわりの姿は変わってしまったが、現在は公園として周辺住民に親しまれている。 |
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