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| 琉球王朝時代、首里城を中心に行われた催事・祭事は膨大かつ多彩で、琉球国由来記によれば毎年60以上もの行事が行われたとのことです。
その中でも最大規模だったのは、新年に行われる「朝拝御規式(ちょうはいおきしき)」と呼ばれる正月儀式でした。 |
| 子之方御拝(にぬふぁぬうぬふぇー) |



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朝拝御規式の第一の儀式は、琉球国王はじめ王族、王朝高官、庶民代表が中国・紫禁城に向かって遥拝する儀式で、一番重要なものでした。
まず、ドラの合図とともに正殿前広場「前之御庭(めぇぬうなー)」に摂政、三司官を始めとする王朝高官、庶民代表が集合すると「御座楽(うざがく)」の演奏が始まり、国王そして王妃が正殿より現れます。
国王は黒の王冠に金の簪、龍の絵が織られた唐風の礼服をまとい、王妃は赤地に金の模様が施されたあざやかな琉装。
正殿を出た国王は、北殿の前に設けられた遥拝台に進み拝座につきます。
そして官史が「チンクヮイチェン」と大声で叫んで開式を宣言、この言葉は古い福州の言葉と言われているそうです。式は官史の掛け声により、国王が三たび礼拝・焼香を行いその他参拝者も一緒に礼拝するという形で行われます。
見学していた観光客の方に感想を聞くと「演奏される音楽、衣装、遥拝台の飾りつけなど中国風のスタイルが多用されており、日本とは異なる独自の文化を感じた」とのことでした。
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