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皆さん、お米は好きですか?
私は大好き。スパゲティもうどんもパンも好きだけれど、毎日食べるなら絶対にごはん。これだけはゆずれません。けれど、大好きなお米がお店の棚から消えてしまったことがありました。前年の大凶作を受け、在庫確保のためもあり店頭に出るお米が制限されたのです。消費者がお米を求めて、お米屋さんやスーパーに殺到しました。この様子は、「パニック!平成の米騒動」などセンセーショナルなタイトルをつけて連日の様に報道されました。
この米騒動の前年、平成5年は本当に変な年でした。
九州地方では台風が頻発し、東北地方は雨ばかり降る寒い寒い日が、春から夏にかけて続きました。これにより、米はほとんど実らず、東北6県の米の総収穫量が例年のたった3割しかない、という事態が起こりました。今年の米が採れないという事は、翌年の米がつくれないという事でもあります。どの県も必死で種もみの確保に走り回りました。そんな中、南国・石垣島に種もみの育成・増殖を依頼する、という突飛ともいえるアイディアを思いついた県がありました。詩人・宮沢賢治のふるさととしても知られる岩手県です。
石垣島の気象や土壌の質、病害虫の発生についてなど、念入りな調査を重ねた後、岩手県は沖縄県に50ヘクタールの水田で、種もみを育成・増殖させてほしいと申し出ました。50ヘクタールといえば、東京ドーム約10個分。あまりの広大さに電話を受けた職員も耳を疑ったといいます。おまけに、当時の沖縄の米の自給率は3.6%と低く、残りは岩手をはじめ本土の米を食べているという厳しい状況。それなのに、石垣島の全水田の5分の1に当たる50ヘクタールの水田を提供してしまったら、自給率はますます下がってしまう。一体、そんな事をして良いものだろうかと岩手の人達は頭を悩ませました。
しかし、石垣の農家の人達の「岩手県の農家の痛みは、沖縄県の農家の痛みでもあります。是非とも協力したいと思います」という声に励まされ、がんばろうと決意します。
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