|
平成5年は、本当にひどい年だった。
九州地方では台風が頻発し、東北地方はここ100年間でまれに見る冷害に襲われ、全国的な米の凶作に見舞われた。岩手県も例にもれず、春になっても暖かくならず、時にはみぞれや雹が降るという日が続いた。
本来なら、8月には豊かな実りを得て、深々とこうべを垂れる稲。それが一向にこうべを垂れない。満足に日を浴びることのできなかった稲は実をつけられなかったのだ。
「東海林太郎さん(注1)のように直立不動だ、といった表現をしますが、まさにそんな状況でした」
まっすぐに伸びたままの稲が田んぼに生えている様は、さぞかし異様だっただろう。しかし、そんな中で見事にこうべを垂れている稲があった。「岩手34号」と「岩手36号」(のちの『かけはし』と『ゆめさんさ』)。寒さに強い品種として独自に開発された、岩手県初の新品種である。
当時、菅原さんは翌年(平成6年)の普及拡大に向け、初めて「岩手34号」を採種するため、岩手町の水田で生産するという仕事を担当していた。
「これは一体どういうことか、と大変な話題になりました。平成五年の大冷害といえば、ここ100年来無い、と言われる程のひどい状況でしたので、そんな状況の中で見事に実った「岩手34号」の耐冷性は、本当に目を見張るものがありました。これはまず、きちんと種もみを取る必要があるということで、全面的に採種しました。
(注1)東海林太郎 1898〜1972 秋田県出身の歌手。直立不動で歌ったことで有名。
|