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北と南のラブストーリー
地図のない旅(前編)

待ち合わせは朝10時。那覇空港へ到着すると、Q氏が満面の笑顔で私に手を振っていた。

「お〜、さすがに北国仕様だね。ちゃんとお洒落してきたし、エライ、エライ」

そう、その日の私のいで立ちは、タートルネックセーターにウールのキュロットスカート。襟にファーがついたツイードのジャケットにブーツ。手にはダウンジャケットを持って、という完璧な北国仕様。沖縄の冬も結構寒いが、ジャンパーがあれば大丈夫だろうと思っていたので、これらの服はすべて急遽東京の実家から取り寄せた。そして、内緒だがTV出演に備えて美容院まで行ったのだった。

コーヒーを飲みながら、搭乗ロビーで待つことおよそ40分。私は機上の人となった。
2時間30分後には東京、そして数時間後には岩手にいる。半日あれば、南と北、2,500kmの距離を移動できてしまうのだから、文明の利器ってスゴイ。当たり前のことだけれど、素朴に感動してしまう。旅が私を素直にさせるのかしらね。
おまけに、羽田空港に近づくにつれ、眼下にはチラリチラリと雪景色が。そう、2日前に関東地方に振った大雪の名残だ。なんとなく、機内の空気も、ツーンとした、あの冬独特の冷たさに変わってきた気がする。あと、もうほんの少しで東京。久しぶりに冬らしい冬を味わえると思うと、胸がどきどきする。

しかし、現実はそれほど甘くなかった。冬らしい冬、を味わう間もなく、私達はバタバタとタクシーに乗り、東京駅に向かった。新幹線の時間はもう間もなく。お昼ご飯を食べる暇もなく、切符を買い、新幹線に乗り込んだ。ギリギリセーフ。ほっと胸をなでおろす私達であった。

荷物を網棚に乗せ、座席に滑り込む。ホッ。やっとひと息つけた。平日のせいか、乗客は少ない。通路を挟んだ右と左に、私達はそれぞれ席を取った。これからの3時間弱、昼寝をしたり本を読んだり、おのおの好きなように旅の気分を高めていけばいい。
ということで、私は車内販売でお弁当とお茶を買い、もくもくと食べた。和食のおかず中心のお弁当。煮しめや鶏の照り焼きが入っていて結構、美味しい。駅弁もたまにはいいものだ。

お弁当をすっかり平らげてから、おもむろに鞄の中から資料を取り出した。
そう、例の『種籾が取り持つ 岩手県・沖縄かけはし交流経過』。

平成5年に東北地方を襲った大冷害のこと。
作況指数30に陥った岩手の米を救うため、『かけはし』という米の種もみの育成に、石垣島の農家の方々が全力で取り組んだこと。
寝ずの番をして『かけはし』の育成を指導した岩手県の技師の方は、今でも石垣島の農家の方々から神様のように尊敬されていること。
この方の伝えた技術が、石垣島の米作りに革新的な影響を与えたこと。
この『かけはし』の育成事業がきっかけとなって、岩手県内で『かけはし交流会』が発足し、今でも石垣島との交流が続いていること、などなど。

もう何べん読んだかわからない。ここには何でも書いてある。インターネットでも調べた。だが、まだ自分が作るコンテンツのイメージが掴めない。イメージが持てない、ということは、取材のための地図がないということだ。どこで誰と会って何を聞くか。写真は何を撮るか。いつもはそういう事を大体決めてから、現場に出る。だけど今日は取材の日程表はあるけれど、頭の中に地図がまだできていない。その事がとても不安だった。

ふぅーっ、とため息をついて資料から目を上げた。窓の外はすっかり北国らしくなっていた。地上まで重くたれこめている雲と、その下の真っ白な平野。しーんと静まりかえった景色。じきに盛岡駅に着く。

「私、この物語をちゃんと紹介できるのかなぁ」

胸の中を、不安と期待が行ったり来たりしていた。

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(2003.02.13掲載)




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