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マディ・レノと呼ばれるその人は、バリの笛「スリン」の名手、その村の楽団の中心的存在でもあった。僕は、彼の家に通っては、笛作りの手ほどきを受ける。そのうちに、家族のような関係になり、観光客が滅多に行けないオダラン(祭り)にも、連れていってもらったりもした。
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不思議なことに、笛作りの方法が、沖縄のソレと全く同じでびっくりした。何と、指で押さえる穴の数も六つと、これも沖縄の笛と同じではないか!すると、バリの笛で奏でる沖縄音楽に反応したのか、村中から人が集まって来た。
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むら長とおぼしき長老が言った。
「若いの、次はお前の島の謠(うた)を、歌ってくれ。」
困惑する僕を尻目に、盛り上がる観衆たち。目まぐるしく動く頭で、咄嗟に思い浮かんだのが、年に一回の島の祭り「結願祭(きつがんさい)」で踊られる「口説ぬ囃子(くんどぅきぬはやし)」という、手踊りだった。

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3分で終わるその謠を、習いたての空手を駆使し、豪快にダイナミックにいつも以上に気合を入れて舞い踊った!踊り終わった瞬間、大喝采に包まれ、揉みくちゃにされ、「バグース!バグース!!」の、連呼の嵐。僕は、昇る大きな月を見上げながら、言い知れない感動の中にいた。
「周囲16キロの小さな島の音楽が、海を渡り世界を結ぶ!僕ら、島人にとって当たり前の音楽が、世界から見れば刺激的で新しいんだ!」
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その時の感動から生まれたのが、ミュージシャン日出克氏と一緒に作った「ミルクムナリ」だったのである。
「ミルク」とは、自然の神様「ミリク加那志」のこと、「ムナリ」とは、バリ島での出来事への感謝を込めて「舞い踊る」のインドネシアの言葉から名づけた。よく見ると、バリ島の夜空にも、島から見る星と同じカタチの星座がキラキラと光っている。間違いなく、ここはアジアの一つ、そして僕もアジアの島人の一人なんだと、心から納得できた瞬間だった。
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「沖縄の音楽や芸能は凄い!」とよく言われる。しかし実態は、音階はインドネシアの五音階、踊りはタイの所作こねり手、シャムのお酒が泡盛になり、楽器は中国や朝鮮半島から渡ってきたものであるらしい。
だから僕は思う、本当に凄いのは、異国の文化を取り入れ自国の文化に昇華させ、自らのエネルギーに変えてきた、この島の人たちだ、と。この豊かで逞しい「生命力」こそが、この島の一番の凄さだったのではなかっただろうか、と。 |


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沖縄の島々に伝わる芸能の中に、アジアの匂いを感じるたびに、僕はあの時の舞台、ミュージカル「大航海」を思い出す。そして、大海原を越えて旅をした、この島の人たちの情熱を思い出す。かつて異国の民から呼ばれた「琉球人」という意味の「レキオス」という呼び名に、僕の中の「島」が騒ぐ。
誰もが皆、そして僕もまた、現代(いま)に生きる「レキオス」なんだ。
南島詩人/平田大一
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