琉球の空手の由来は、五〇〇年前の尚真王時代、地方の豪族の蜂起を封じ、併せて中央集権の実をあげるために、地方の按司(豪族、大名)をことごとく召集して首里城下に住まわせ、武器を集めて公倉に収集したところ、武器を取り上げられた武士や按司たちは、中国から伝わった唐手(トゥティー/カラテ)もとに、無手勝流の護身術「手(ティ)」を生み出したという。
その後、慶長十四年(一六〇九年)の薩摩による琉球侵攻が行われる中、「手」は六十八種の技になってゆくが「空手に先手なし」という言葉に象徴されるように、凡ての型が受けから直ちに攻撃に移るようになっていて、護身術としての実践的理論が体系づけられていき、発展したのが現在の「空手」なのである。
映画「葉問(イップ・マン)」のクライマックスは、第二次世界大戦当時、日本帝国陸軍による中国侵攻のさなか、日本の空手の達人である「日本将校」と「葉問」の一対一の対決シーンであるが、僕自身が日本人なのに中国武術である「功夫(カンフー)」を応援してしまったのは、僕の中の「琉球人」としての血が、大切な何かを感じたからだろうか。 |