その後は、ラッキーな事にその月刊PR誌
全ページの写真と記事をまかされて、
急性島中毒にかかった私は、
ただ島に行きたいがためだけに
島をからめた特集企画を打ち出し、
沖縄の島々をめくるめく駆け巡る
カメラマン&ライターとなっていくのである。
16年近く続いている
オリオンビールのPR誌「びあぶれいく」でも、
ことあるごとに島企画をヒネリだし、
また創刊から携わっている
月刊誌「うるま」でも歴代編集部を煽って
島巡りを続けているのである。

そう、仕事の動機が「島に行きたい」という
ただ一点のベクトルでつき動かされている。
初めてカメラを手にしてから四半世紀、
いまだ沖縄の島々を撮りきった確かな
手応えもなく、島を撮りつづけている。

しかも、沖縄における島取材の総本山とも
いうべきJTAのホームページ「美ら島物語」編集部森山隊長・新井隊員・中村隊員という最強のシマジョーグーパートナーを得て、
ズンズン美ら島を巡る旅は続くのである。
約四半世紀も島々を巡っていると、
すさまじく島も変わったと思う反面、
脈々となにも変わらない島の風景や
島の人々や祭事に出会う。

変わる事も、変わらぬこともつぶさに
写真という記録装置に残していきたい。

もちろん、今そこにある島酒もつぶさに
飲み干さなくてはいけない。
もちろんイマユーも食べなくてはいけない。
スローな写真撮りながらファーストな行動、シマグラファーって案外慌ただしい。
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