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泡盛天使の酒造所めぐり 第1回 多良川(宮古島)

梅雨もそろそろ明ける頃の6月中旬、城辺砂川(ぐすくべうるか)に多良川酒造を訪ねた。
周辺はサトウキビ畑が広がるのどかな集落で近くに宮古製糖工場があり会社の建物の上にひときわ大きい「琉球王朝」のボトルのボトルが目に付く。

事務所を入ると 時代を偲ばせるような木の枠にガラスをはめ込んだ昔ながらの引き戸が心を和ませる。
泡盛のアイテムがずらりと並べられていて礼儀正しい女性のスタッフが笑顔で迎えてくれた。

現在は息子の拓也さん(3代目)に社長職を譲り会長職にある2代目、砂川佳一さんに多良川の歴史を聞いた。アイデアと努力と行動の人だ。

多良川の始まり

今年創業65周年の酒造所は神聖な場所である上比屋山(ういぴゃーやま)と集落とのちょうど境界線にあり地下を豊かな水が流れる場所にある。
昔は山から流れてくる水で沼のような場所だったため昔の人は田沼川と呼んでいたらしい。

一家は佳一さんが3歳の時に宮古島に移り住んだ。
祖父は加根(かこん)で父は武雄。与那国で警察官をしていた。
宮古島で役場に職を得たがその後やめて酒造りを始めたのが多良川酒造の始まりである。

役場を辞めて酒屋になったのは、当時郡島知事令により、各集落で酒屋を開業するのが、大いに奨励されたことによるらしい。
背景には税金の徴収があった。
どうしたら税金を多く徴収できるか、そのための思索として各字に1箇所ずつ酒屋が造られて城辺だけでも16箇所あったというからかなりの激戦区?だった。

豊富な地下水があるこの地は酒造りに最適だった。
その当時の酒は米ではなくサトウキビだったという。
しかも収穫を終えた後の根っこを買い集めそれで造っていたそうだ。
今でいうラム酒なのだが当時はシル酒と呼んでいたそうだ。
首里ではすでに米で酒造りをしていたが宮古島で米を原料にした泡盛を造るようになったのはかなりあとの事だったようだ。

当時6歳だった佳一さんも学校から帰ると当然のように手伝いをさせられていた。
家内工業ですべて手作業。
子どもながらにして工場長のように仕事ができた(本人談)そうだ。

名前の多良川は初代の父・武雄さんが土地の呼び名の田沼川を当て字にしたそうだ。
神々の住む上比屋山から滔々と流れてくる水に恵まれているこの地で多良川酒造は誕生した。
当時の値段は一升瓶10本が公務員の一ヶ月の給料だったいうからかなりの贅沢品だった。

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