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1.王国の精神秩序を支えた神女制度

琉球王国の王として最も長い期間在位した尚真王(しょうしんおう)(在位 1477〜1526)は、王権をより強固なものにして中央集権的な国家基盤を固めるため、琉球地方に古くから伝わる祖先信仰や自然崇拝の信仰を司る神女・ノロたちを組織化し、国家的な宗教組織を整備した。
神女達は間切り(各町村・島々)ごとに任命され、穀物の豊作祈願や航海安全祈願などの祭祀を取り仕切った。つまり神女・ノロ達は行政を担う地方役人とともに、各地域を統制し中央集権体制を支える役割を果 たしたのである。
その神女組織の頂点には、聞得大君(きこえおおぎみ)と呼ばれる王の妹や親族の女性が就任し、政治的には王を頂点とし、宗教的には王の親女を頂点とする祭政一致の国家体制をつくりあげた。
 
2.王国最高の聖域と聞声大君

このような宗教と政治の関係の中で、斎場御嶽は国家的な祭祀の場であり、精神的に琉球王国を支える地として極めて重要な役割を果 たした。 斎場御嶽の創立年代は不明とされているが、琉球の開闢(かいびゃく)神・「アマミク」が定めた七つの御嶽のひとつとされている。神女組織が整備されて以降は、王国最高位 の神女・聞得大君の即位式「御新下り(おあらおり)」の儀式が行われた場所で、琉球王国最高の聖域である。
「御新下り(おあらおり)」は尚真王の時代から廃藩置県の前、1875年まで続いた。聞得大君の「聞得」は「大君」の美称辞で、「君」は「カミ」で神女を意味しており、「大君」で神女の最高者であることを表している。主に王の姉妹が任命された。
 
3.琉球人の巡礼地

斎場御嶽は即位式の場だけではなく、琉球国王による参拝が行われ1673年まで続いた。また毎年8月ごろには、各門族の人々が隊列をなして訪れる巡礼の地でもあった。近年まで御嶽内は男子禁制であったので、琉球王を除く男たちは御嶽の入り口の外で拝んだそうだ。巡礼行事「東御廻り(あがりまーい)」は今も行われており、男女を問わず多くの人が参拝に訪れている。

首里城識名園玉 陵園比屋武御嶽石門|斎場御嶽|
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(2015.05.26更新)



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